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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)762号 判決

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人幸三郎は被控訴人に対し、金十万八千円を支払え。

被控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟の総費用中被控訴人と控訴人善三郎、保太郎との間に生じた部分は被控訴人の負担とし、その他の部分はこれを二分し、その一を被控訴人その余を控訴人幸三郎の各負担とする。

この判決は被控訴人勝訴の部分に限り、被控訴人において金三万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

(省略)

理由

第一  損害賠償請求について

(一)  不法行為の成立

(1)  控訴人幸三郎が被控訴人と昭和二十四年十月十九日婚姻の式を挙げ、同年十二月二日婚姻の届出をなし結婚生活を営みきたつたことは当事者間に争がないところである。

(2)  原審証人中山旭、伊藤きみゑ、伊藤正平の各証言および原審における被控訴本人(第一回)の陳述(各後記信用しない部分を除く)を綜合すれば右婚姻前控訴人幸三郎は将来その先妻との間に出生した二児を兄保太郎の養子とすべく、また控訴人幸三郎の父および兄等と別世帯を構えて被控訴人と生活すべき旨を同人および同人の父中山旭に語つたことがあつたが、このような約束をした事実がないこと明かであつて、その後控訴人幸三郎は被控訴人とともに同控訴人の父善三郎、兄保太郎等とともに同一家屋内において共同生活を営みきたつたことは当事者間に争のないところである。

(3)  昭和二十五年四月頃被控訴人の右足の甲に腫物ができたことは当事者間に争なく、成立に争のない甲第七、八号証、原審証人中山旭、伊藤きみゑ、伊藤正平、渡辺昇の各証言および原審における被控訴本人(第一回)の陳述(各後記信用しない部分を除く)を綜合すればこの腫物は関節粘液嚢腫という比較的疼痛の少い病であるが、控訴人幸三郎の母親は癩病であると被控訴人を侮辱したにもかかわらず控訴人幸三郎はこれをたしなめ又は被控訴人を慰めるような処置をとらなかつた事実を認めうるけれども、控訴人幸三郎の父善三郎および兄保太郎が被控訴人主張のような被控訴人を侮辱する言辞を弄したとの事実についてはこの点に関する前記甲第八号証の記載、原審証人中山旭、伊藤きみゑの各証言および原審における被控訴本人(第一回)の陳述はいずれも信用し難く、その他右事実を認めうる証拠はない。また前記認定に反する乙第二号証、同第四号証の記載は信用しない。

(4)  原審における被控訴本人(第一回)の陳述によれば昭和二十五年六、七月頃被控訴人はその下腹部が非常に痛んだため千葉医科大学産婦人科で診察を受けたところ、担当医師から子宮外妊娠でないかと疑われ、次いで控訴人幸三郎の母親とよに附添われ同病院で更に診察を受けたところ子宮後屈症と診断せられたことならびに右とよは帰家後控訴人幸三郎の父善三郎に「子宮が後に向いてゐるんだ。」と報告し、その上夕方井戸端のところで被控訴人に対し、「子宮が後に向いてゐるのは千人に一人か万人に一人だ。他の家なら暇を出すのだが、当家では出ろとはいわない。」といつた事実を認めうべく、右認定に反する原審証人林田とよの証言および原審における控訴本人林田保太郎の陳述は信用し難く、その他右認定を覆えすに足る証拠はない。

(5)  昭和二十五年十一月頃被控訴人が妊娠したことは当事者間に争がないところであつて、原審における被控訴本人(第一、二回)の陳述によれば、昭和二十六年二月下旬頃から被控訴人の鼻血が多く出たにもかかわらず前記とよは医師に診療せしめなかつた事実を認めうる。右認定に反する乙第二号証の記載および原審における控訴本人幸三郎の陳述は信用し難くその他右認定を覆えすに足る証拠はない。

(6)  原審証人伊藤きみゑ、林田とよの各証言および原審における控訴本人幸三郎の陳述を綜合すれば、被控訴人は昭和二十六年二月頃妊娠五ケ月位に達したので腹帯をしめたいと控訴人幸三郎および前記とよに話したところ、同人等はこれに冷淡であつてとよは初産の被控訴人に有り合せの古布を腹帯用として提供し、新しい腹帯を与えようとする気配がなかつた事実を認めうる。被控訴人はこの点につきとよは控訴人の先妻で産後死亡したきちという婦人の使用した腹帯を被控訴人に提供したと主張するけれども、この点に関する原審証人中山旭の証言および原審における被控訴本人(第一、二回)の陳述は信用し難く、その他右事実を認めうる証拠はない。

(7)  同年四月頃被控訴人が出産のためその実家に帰つたことは当事者間に争がなく、原審における被控訴本人第一回の陳述によれば、控訴人幸三郎その他の同家家人が被控訴人の妊娠中の健康につき無関心で医師、産婆等に診療せしめる様子がなかつたため、被控訴人は出産前の不安に耐えかね右のように実家に帰つたのであることを認めうる。この点に関する乙第二号証の記載、原審における控訴本人幸三郎の陳述は信用しない。その他右認定を覆えすに足る証拠はない。

(8)  原審証人中山旭、伊藤きみゑの各証言および原審における被控訴本人(第一、二回)の陳述を綜合すれば被控訴人が実家に帰つた後その父中山旭が控訴人等の家に被控訴人の寝具をとりに行つた際控訴人幸三郎より被控訴人の健康につき配慮を頼む旨の言葉がなかつた事実ならびにその後も控訴人家から被控訴人およびその実家に音信なく同年七月四日被控訴人が長男を出産し、その際媒酌人伊藤正平の妻きみゑの誘にもかかわらず出産見舞にも行かず、出産児の命名の相談にも応じなかつた事実、その後同年十月頃被控訴人の母が前記きみゑとともに控訴人家に行き背負はんてんを作るため被控訴人の衣類をとりに行つたところ拒絶されて空しく帰つた事実を認めうべく以上認定に反する乙第四号証、原審証人林田とよの証言、原審における控訴人幸三郎、保太郎の各陳述は信用し難く、その他右認定を覆えすに足る証拠はない。

もつとも被控訴人が右足の甲に前記腫物ができその治療のため実家に帰つた際、控訴人幸三郎が金二千円を被控訴人に与え、また長男出生後間もなく兄である控訴人保太郎に託し金千円を被控訴人の実家に届けたことは原審における被控訴本人(第一、二回)の陳述によりこれを認めうるけれども、右陳述および成立に争のない甲第八号証によれば被控訴人は控訴人幸三郎等の前記所為を悲しむとともに憤慨し、たとえ控訴人幸三郎において被控訴人を迎え再び結婚生活を営まんとする気構と用意を有し、その間前記のように一子を設けた間柄なればとて再び控訴人家え帰る意思なき事実明かであつて、右事実は結婚を継続し難い重大な事由と認むべきである。

婚姻の当事者は相互の協力によりその尊厳を保ち円満な婚姻生活を維持すべき義務があるのであるが、控訴人平三郎は被控訴人が前記のように同控訴人の母より侮辱されたにもかかわらず、これをたしなめまたは被控訴人をなぐさめる処置をとらず、殊にその妊娠不健康の状態にあるにもかかわらず、これに留意し医療を受けしめる措置をとらず、また長男出生にあたつても前記のように極めて冷淡であつて、これ等の各事実が相待ち前記のように離婚の止むなきにいたらしめたことは、控訴人幸三郎の前記配偶者として義務を尽さなかつた結果というべく、同控訴人の前記所為は不法であつて前記のように被控訴人が精神上の苦痛を受けるにおいてはこれを慰藉するため相当の損害賠償をする責を免れ難い。

しかしながら他の控訴人等が控訴人幸三郎の右不法行為につき教唆、補助その他の加担行為をなしたとの事実についてはこれを認めうべき証拠がないから、他の控訴人等に控訴人幸三郎と同じく不法行為の責任がありとはなし難く、被控訴人の控訴人善三郎、保太郎に対する請求は失当である。

(二)  損害賠償額

成立に争のない甲第六号証によれば控訴人幸三郎は十坪余の家屋一棟を有することを認めうべく、また原審における控訴人幸三郎の陳述によれば同控訴人は控訴人家に同居し洋服の調製、修繕等を業とし一ケ月平均金一万五千円の収入がある事実を認めうる。原審における右控訴人の財産状態に関する被控訴人(第二回)の陳述は信用し難い。

また原審証人中山旭の証言、原審における被控訴本人(第一、二回)の陳述を綜合すれば、被控訴人は埼玉県立久喜高等女学校四年卒業後しばらく家事手伝をしたが一旦鉄道員に嫁し間もなく離婚し、その後久喜町役場に約一年間勤務して控訴人幸三郎に嫁した事実およびその実家は時計商を営む久喜町中流の家庭である事実を認めうる。

当裁判所は右控訴人幸三郎および被控訴人の地位、職業収入等に前記認定の各般の事情を斟酌し、被控訴人の前記精神上の苦痛を慰藉するためには控訴人幸三郎をして金十万円を支払わしめるのを以て相当と認める。

第二  出産費等の立替請求について

原審証人中山旭の証言および原審における被控訴本人(第二回)の陳述によれば、被控訴人が前記長男出生にあたり出産費用金八千円を支出し、また八ケ月間にミルク代等の人工栄養費用金八千円を支出した事実を認めうる。そして原審証人中山旭、林田とよの各証言および原審における被控訴本人(第一、二回)控訴人幸三郎の各陳述を綜合すれば、控訴人幸三郎は世帯主として一家の必要費用全部を支出しその負担をなしてゐた事実を認めうるから、同控訴人は被控訴人に対し右範囲内で原審において認容した右二分の一の金員を償還する義務があるものといわねばならぬ。

第三  結論

被控訴人の本訴請求は以上に説明した範囲内において認容し、その他は理由なきものとして棄却すべきところ、ここに言渡すべき判決は原判決とは一致しないから、これを変更し民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第百九十六条に則り主文のように判決した。

(裁判官 渡辺葆 牧野威夫 野本泰)

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